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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)899号 判決 1953年9月11日

控訴人 アングロ・イラニヤアン石油株式会社

訴訟代理人 イーヴイエー・デベツカー 宇佐美六郎 外一名

被控訴人 出光興産株式会社

訴訟代理人 柳井恒夫 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の新申請を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

「請求の趣旨関係」

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の別紙第一及び第二物件目録記載の物件に対する占有を解き、控訴人の委任する東京地方裁判所執行吏にこれが保管を命ずる。被控訴人は右物件を譲渡その他一切の処分をしてはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項ないし第三項同旨の判決を求めた。

「事実関係」

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

第一控訴人側の主張

(一)  請求の拡張の理由

控訴代理人において、先ず当審において請求を拡張した部分の理由について左記のとおり述べた。被控訴人は昭和二十八年通産省の輸入許可指令で米貨百五万ドルの石油買付の許可を得、右米貨を以てナシヨナル・イラン・オイルカンパニー(以下単にイラン石油会社と略称する)から石油を買受け(乙第十四号証)、右米貨に該当するだけの石油の権利を取得し、その一部分を第一回分として日章丸で輸送したのであるが、更にその一部を、昭和二十八年六月七日被控訴人所有の日章丸がイラン国アバダン港に入港して同船に積込み、同月十日同港を出港して同年七月五日横浜埠頭に帰着し、陸揚して第二物件目録記載のように石油タンクに保管中のものである。右のように当初仮処分を申請した輸入第一回分と、当審において請求を拡張した輸入第二回分とは、同一の契約によつて同時に被控訴人の権利に属したものである。仮に第一回分と第二回分とは別々の契約によつて具体的に権利を取得したものであるとしても、その基本である被控訴人とイラン石油会社との石油の売買契約(乙第十四号証)は同一である。故に両者は事実上又は法律上の関係でも同一のものであり、それがためになんら訴訟を遅延せしめるものでもないから、民事訴訟法第二三二条にいう請求の基礎は同一のものであるといわなければならない。故に被控訴人のなした訴の変更は適法である。

(二)  第一物件目録の石油について主張を訂正する理由

被控訴人は、原審において控訴人が仮処分を求めた石油のうち一部をその後他に売却しその残部である自動車用揮発油(オクタンカ約七十五)五千一百瓩(六九二九キロリツトル五〇〇)を神戸市灘区大石南町三丁目地先被控訴人の神戸油槽所に輸送荷揚して、同所に保管中であるから、第一物件目録記載の物件をその範囲に変更したものである。右石油が被控訴人主張のように第三者に売却されているものであることは否認する。右石油が被控訴人主張のように米国製揮発油と混合されたことは認めるが、日本民法第二四三条、第二四五条によつて、右石油全部に対し控訴人がいぜんとして所有権を有するものである。

(三)  イラン国の国内法からみて本件石油が控訴人の所有に属するとの主張

本件石油はイラン国の石油国有化法施行当時既に精製されていたものであるから、右国有化法の対象となつておらず、いぜんとして控訴人の所有に属しているものであるが、仮に右国有化法の施行後に湧出又は採取されたものだとしても、本件石油は下記のような理由によつて控訴人の所有に属するものである。すなわち、イラン国には外国人に対する鉱業権の付与については一般法はなく、各個の特許によるものであるところ、控訴人が石油採取その他の利権を得た協約(甲第一号証)は、一九三三年ペルシヤ国会を通過し皇帝の裁可を得て公布されたもので、控訴人に対し石油の探査、抽出、精製、処理、取引について排他的特許権が与えられ(第一条)、事業に必要な土地を獲得する権利も与えられている。控訴人は石協約に基いて、石油採取に必要な油田地域の土地所有権を取得して、その登記手続をも了し登録税までを支払つていた。イランにおいての土地の所有権の効力は地上及び、地下に及び権下の鉱物も土地所有者に帰属し、その採掘のみは特別法によるものなるところ(イラン国民法第三八条、第一六一条)、契約上の権利者は、その契約が合意によつて解除せられるまでは、契約から生ずる果実に対して所有権を取得する(同民法第二八七条)。故に控訴人はその権利を有する特許油田から出た石油に対しては、それが自然湧出によつても、第三者が採取したものであつても、その所有権を取得するのである。ことにそのもの(油田又は石油)を不法に領得し又は領得者から買受けた者があつても、その者は権利者に対してその物又は果実(石油又は油田から湧出した石油)を返還する義務があるものであるから、控訴人はいぜんとしてその所有権を失つていないものである。

(四)  以上の外の、原判決記載の主張に対する追補

(イ)  本件石油は石油国有化法が施行される以前に採取されたものである。

石油国有化法によつて国有の対象になつたものは、国有化法施行の日にイラン国内にあつた控訴人所有の工場、施設、機械、貯蔵商品(石油製品)は除かれて、石油採取権と石油に関する事業のみであるが、控訴人の従業員が一九五一年九月にイランを退去した際イラン国に残しておいた採取済の原油、航空用及び自動車用ガソリン、デイーゼル油その他の石油製品は合計一九〇万九千六百ロング噸であつた。その後のイラン国内で消費された数量並びに外国に搬出された数量とその後のイラン国の精油能力量を考量して計算すれば、本件石油が控訴人所有のものであることは算数上明である。

(ロ)  国有化法による収用の補償に関しイラン国のなした行為は十分なものとは認められない。

イラン国で石油国有化法が施行されて以来、英国及び控訴人は何回となく直接イラン国に事態を円満に解決するため交渉し、又仲裁手続に付せられたい旨を交渉し、米国もイラン国と英国との間に入つて円満に解決しようと斡旋したが、いずれもイラン国においてこれを拒否しており、石油採取権自体の収用に対する補償については討議することすら拒んでいるのであるから、イラン国は現に、賠償を支払わずとの意思を確定的に表示しているといわなければならない。

(ハ)  法律上の主張に対する追補。

控訴人とイラン国との本件協約が、かりに私法上の契約に過ぎないものとしても、双方当事者の意思は、イラン国内法によつて規律せれるものではなく、国際法に準拠するものであるのである。従つて、イラン国が一方的に国有化法を施行したのは国際法に違反したものであるから、結局右国有化法は無効である。国際法においては、相手方が国際法に違反する不法行為をなしたときは、被侵害権利は消滅せず現状回復を求める権利を有するもので、たんに金銭的の賠償を求める権利のみを有するに過ぎないのではない。故に控訴人が従前から主張しているように石油の国有化法が国際法に反し無効なる以上、控訴人はあくまで本件石油の所有権を失つているものではない。他国の国際法違反の行為に対しては、独立国の正常な立法手続によつたものであるからとの理由のみで、その効力を認める外はないとすれば、憲法第九八条第二項に定められた国際法遵守の義務に違反し、独立国たる司法の権能を抛棄するものである。ことに国有化法の効力を認め控訴人の本件石油に関する所有権がイラン国において喪失したりと、我国の裁判所で判断するようなことになつたとしたら、国際法に反する外国法の効力を認めることに外ならないから、それは法例第三十条に反することになり、絶対に許されないことである。

第二被控訴人側の主張

(一)  請求の拡張に対する異議

控訴人のなした請求の変更は請求の基礎に変更があるから異議がある。被控訴人は通産省から米貨百五万ドルの石油買付の許可を受けたが、右は別にイラン石油会社からのみ買付けるとの趣旨のものではない。第一物件目録記載のものと第二物件目録記載のものとは全然別個のものであり、被控訴人とイラン石油会社との一九五三年二月十四日の契約(乙第十四号証)は九年間にわたる長期の供給契約で、現実の取引については両者がその都度数量と金額とを協定すべき旨を定めてあるものであり、右契約に基いては被控訴人は石油に対して直ちに所有権を取得するようなことはなく、第一回分と第二回分とはそれぞれ別個な契約に基いて買受けたものでその所有権の取得時期も全く別個なものである。右のような関係であるから、第一物件目録記載のものと第二物件目録記載のものとは法律的にも事実的にも関係がないものであるから、民事訴訟法第二三二条にいう請求の基礎が異るものである。なお、被控訴人が日章丸で第二回目に輸入した石油の数量が控訴人主張の如くなることは認める。

(二)  第一物件目録記載の石油に対する主張

控訴人主張の第一物件目録記載の石油をその主張のように被控訴人が占有していることは認める。しかしながら右石油は被控訴人が既に第三者に売却し、その引渡を了したのであるが、第三者よりの依頼によつてただたんに保管しているのに過ぎない。殊に右石油は昭和二十八年六月十一日米国製揮発油八、〇二六瓩とイラン製揮発油一五、四六〇瓩とを混合したものの一部であるから、たとえ控訴人が右イラン製揮発油に対し所有権を有していたとしても、右混合と共にその所有権を喪失したものである。少くとも民法第二四四条、第二四五条によつて混合の割合による所有権のみを有するに止まるものであるから、全部が控訴人の所有に属するとの主張は失当である。

(三)  イラン国の国内法からみて本件石油が被控訴人の所有に属するとの主張

法例第一〇条第二項によれば、本件石油の所有権を被控訴人が取得したか否かは(取得したとすれば、その反面控訴人はいかなる事由によるとするも本件石油に対し所有権の主張はできない)、イラン国の法律によつて定まるべきものである。イラン民法第三三九条によれば、売買契約は当事者間の目的物と代金との合意と目的物と代金との交換によつて成立し、第三六七条によれば、動産の所有権は目的物の引渡によつて移転するものであるところ、被控訴人はイラン石油会社から本件石油を買受け、アバダンにおいて現実に引渡を受けたものであるから、(イラン石油会社が本件石油に対し所有権を有していたことは外でも十分に主張した)被控訴人はその当時本石油の所有権を取得したものである。すなわち、イラン国は石油国有化法で国有に帰した石油鉱区施設、機械、石油等をすべて、同国法でイラン石油会社に帰属せしめた。

本件石油が仮に石油国有化法施行以前に採取せられたものであり、又右石油国有化法が控訴人所有の石油には適用せられなかつたとしても、その後にイラン石油会社の手によつて精製せられ、その価額も二、三倍のものになつたのであるから、本件石油は加工によりその所有権がイラン石油会社に帰したのである(イラン国民法第三一四条参照)。更に百歩を譲つて、本件石油が被控訴人において買受けた当時控訴人の所有であつたとしても、被控訴人は善意で本件石油を買受けたものである。イラン民法第三二五条及び第三二七条によれば、奪取品又は不法所持品を善意の第三者が譲受けた場合に、所有者は右第三者に対し追及権を有するけれども、若し所有者が右物品の譲渡人に対し賠償を要求したときは、所有者は譲受人に対し請求権を行使し得ない旨を規定している。しかして控訴人はイラン政府に対し裁判上及び裁判外で被収用財産の賠償を要求しているのであるから、少くとも控訴人は被控訴人に対しては本件石油の所有権の主張はできない。ことに右規定によれば第三者の過失を問題にしていないが、仮に無過失が要件であるとしても、被控訴人としては本件取引の場合にイラン国の法律そのものに対しその有効無効をまで調査する義務なく、イランの国内法でイラン石油会社が本件石油の所有者か否やを調査すれば過失がないと認めるのが相当であるから、控訴人はいずれにしても本件石油に対する所有権は喪失しているのである。

(四)  以上の外の原判決記載の主張に対する追補。

(イ)  本件石油は石油事業国有化法以後に採掘されたものであるし、そうでないとしても、控訴人は所有権を失つていた。

控訴人主張のように一九五一年九月当時控訴人がイラン国で所有していた石油が一九〇万九千六百ロング噸あつたことは不知、かりに右のような数量があつたとしても、イラン国内の一年間内の消費量ですら右数量を超えるものであるから、一九五三年まで右石油が残存しているとのことは考えられない。石油国有化法の施行法第四条によれば、石油収入及び石油生産物一切は一九五一年三月二十日現在から、イラン国の否定し得ない財産であると明記されているから、本件石油が石油国有化法施行以前に採掘せられたものとしても、同法施行と共に控訴人はその所有権を失つたものである。

(ロ)  収用の補償に関する主張。

石油国有化法施行後、控訴人とイラン国との間に直接又は間接にいろいろの折衝が行われたことは認めるが、イラン国は、控訴人が所有していた施設、機械、工場在庫品についてはもちろん、石油採掘の権利についても十分なる補償提供の用意をしているのである。控訴人とイラン国との間の紛争について国際司法裁判所が当然管轄権を有しているとのことは争うが、イラン国政府は控訴人に対し同裁判所の管轄に付する合意をしてもいい旨の提議すらなしている。

(ハ)  法律上の主張に対する追補。

控訴人とイラン国政府との間の利権契約はあくまで私法上の契約であるから、イラン国の法律秩序に服し、イラン国の公共の利益のために制定実施される法律に規制せらるべきは法律上当然のことである。現在の国際法上確立された原則によれば、国家は外国人の処遇についてせいぜい自国民と平等の待遇保護を与うべきものであるとのことであるから、控訴人主張のように、外国人の財産を補償なくして収用する法律は国際法上無効であるという原則は国際法上未だ確立されたとはいえない。ことに石油国有化法はイラン国民の有する石油事業にも適用せられるものであり且つ無補償の没収法ではないから、いかなる点からみても有効なものである。又控訴人主張のように国際法上、損害賠償義務は原状回復義務であり、不法行為がなされた場合に、被害者は原物の所有権を失うことがないとの控訴人主張のような原物賠償の原則は、存在していない。百歩をゆずつて、石油国有化法が補償を伴わない没収法であるとしても、英国とイラン国との間の通商条約には、このような立法を禁止するなんらの規定は存していないから、右立法はなんら国際法違反ではない。ことに自主独立の国家が自国の公共の利益のため必要なりと認めて制定した法律の有効無効を、他の国家は判断し得ないという国際法上の原則が存している。更に、右石油国有化法が国際法違反であるとしても、イラン国が控訴人に対し損害賠償の責任を負うのみで、控訴人がいぜんとして本件石油に対し所有権を保持しているということは考えられない。ことに第三国は、他国の行為が国際法違反かどうかについても判断し得ないのである。

なお、(三)に主張したように、本件石油の所有権の帰属は一にイラン国の国内法によつてきまるのであるが、イランの国内法が不明な点がある場合には、いわゆる内外法符合推定の原則によつて日本私法の関係法規を基礎としての条理を適用すべきである。

「証拠関係」<省略>

理由

第一訴の変更の適否についての判断

控訴人が当審においてなした請求の変更は、第一物件目録記載の石油に対する仮処分申請を、第二物件目録記載の石油に対する仮処分申請にまで拡張したのである。控訴人は右各石油に対し一九五三年二月十四日の被控訴人とイラン石油会社との契約に基いて、同時に権利を取得したものであると主張するけれども、右の事実を認めるに足るなんの証拠もなく、却つて成立について争のない乙第十四号証及五十五号証の一、二によれば、被控訴人と右イラン石油会社との契約は被控訴人の主張のように、一九五三年二月から九ケ年にわたり長期に石油を売渡すべきことを定めた契約に止まつて、被控訴人が具体的に購入する石油の数量とその価額は別になす具体的の契約において定まり、その引渡は、アバダン港における売手の海上積荷基地において被控訴人の提供する船舶の永久ホース接続点でなし、その所有権移転(その所有権が真実移転するかどうかはしばらくおく)の時期も、石油が売手のパイプラインと船舶の取入パイプをつなぐ管孔の閉鈑(フランジ)か又は荷渡ホースと船舶の取入パイプとをつなぐフランジに到達したるときなるとの特約であることを認めることができる。果してそうだとすれば、第一物件目録記載の石油と、第二物件目録記載の石油との所有権が控訴人に属するか被控訴人に属するか、又右各石油に対して仮処分をなす必要があるかどうかの点については、同一の関係にあり、少くとも法律上の争点及事実上の争点も大体同一ではあるが、第一物件目録と第二物件目録記載の石油は全く別個のもので、被控訴人がその所有権を取得したのも、全く別個な契約に基いて別な時期においてなのである。ちようど、法律上取引を禁じられているか否や問題のものを別個な契約で、別な日時に買受けたと同じ関係にあつて、取引を禁じられているかどうかとの法律上の争については同一であつても、取引そのものが別個なのである。右のような関係は民事訴訟法第二三二条にいう請求の基礎が同一であるとは認め難い。そうであるから、控訴人が当審においてなした訴の変更は不適法で許すべからざるものなのであり、控訴人の当審での拡張による請求は却下すべきである。

第二当事者間に争のない(明に争わないものをも含む)歴史的な事実。

一九三三年(昭和八年)ペルシヤ帝国(イラン国の旧称)が控訴人(その当時の名称はアングロ・ペルシヤ石油株式会社)との間に、イラン国南部における石油の採取、精製、並びに販売に関する利権を賦与する協約(その性質その他についてはしばらくおく)を締結した。イラン国は一九五一年(昭和二十六年)三月十五日及び同月三十日並びに同年五月一日施行のイラン国石油国有化法を制定施行して、イラン国における石油事業を同国の国有に帰せしめた(右国有化法が対象としたものの範囲についてはしばらくおく)。その後イラン国は右國有化法で権利を取得したすべてのものを、同国の法律でイラン石油会社に帰属せしめた。被控訴人は昭和二十八年イラン石油会社から本件石油(自動車用揮発油一三、二二八ロングトン、軽油二、七三二ロングトン)を買受け、同年四月十三日アバダン港でその引渡を受け、日章丸で我国に輸送してきて、一たんは被控訴人所有の川崎市水江町所在の油槽所に保管をしたが、その後被控訴人においてその一部を他に売却処分して引渡を了し、その一部である別紙第一目録記載のものを同年七月に神戸市に輸送し、同市灘区大石南町三丁目地先の被控訴人の神戸油槽所に現に保管中である(その部分をも被控訴人が他に処分したかどうかの点はしばらくおく)。又その石油は被控訴人主張のように、米国製揮発油に混合されている。

第三本件の争点に対する判断。

(一)  控訴人とイラン国との上記認定の協約の性質とそれを規律するものはなにか。

各その成立に争のない甲第一号証、乙第三、第十八号証によれば、上記認定のペルシヤ帝国政府とアングロ・ペルシヤ石油株式会社(控訴会社の前名)との協約は、当事者の一方が一国の政府ではなくして英国に本店を有する外国会社であることから考えれば、国際条約又はこれと同一の性質を有する国際間の協定と認めることはできず、むしろ一国政府と一外国会社との間に締結せられた石油採掘権に関する私法上の契約と認めるのを相当とし、従つて又控訴人が右協約によつて権利を行使していた土地は国際法にいわゆる租借地ではなく、又その権利を目していわゆる租借権というべきものではなく、控訴人はただ単にイラン国南部地域においての石油採掘権ともいうべき鉱業権、及びこれに附随した精油販売等に関する私法上の権利を有していたにすぎないものと認めるのが相当である。控訴人は右協約はイラン国内法で規律せられるのではなく、国際法に準拠するとの当事者の意思であつたと主張するけれども、控訴人の提出採用にかかる疏明によつてもこの事実を認めることはできない。しかしながら、イラン国も世界各国と外交関係を締結している文明国であるから、わが憲法第九八条のような明文の規定がなくとも、確立された国際法規を誠実に遵守すべき義務あるものと解するを相当とするから、イラン国と控訴人との間の上記協約に関しても、イラン国内法で規律し得ると共に、確立された国際法規をも誠実に遵守すべき義務があるものと解するのが相当である。

(二)  石油国有化法の有効、無効を判断できるか。

イラン国は上記認定のように、石油国有化法を制定施行してイラン国においての石油事業を国有に帰せしめたため、控訴人のイラン国との上記協約による権利もその対象となり、イラン国の国有に帰せしめられたか否やが当事者間に争となつている。しかしてその成立に争のない甲第二号証の一、及び原審証人ジヤラール・アブドーの証言によりその成立を認めるにたる乙第一号証の一ないし三によれば、イラン国政府は右石油国有化法によつて形式上は控訴人の上記協約による権利を、補償金を支払うことを条件として収用したのであるから、右石油国有化法が有効であるとすれば、控訴人の権利は失われたことになり、無効であるとすれば控訴人の権利は失われないことになるのである。

上掲甲第一、第二号証の一、乙第一号証の一ないし三、第三、第十八号証、各その成立に争のない甲第十二号証、第四十八号証の一、乙第二号証、第四号証、第二十二号証、第三十一号証の一、二、第四十号証、原審証人ジヤラール・アブドーの証言によりその成立を認めることのできる乙第五号証、第七号証の一、二、原審証人ヴイー・エム・デエイヴイスの証言によりその成立を認めることのできる甲第十六号証、原審証人ジエイ・ダブリユウ・ゴントレツトの証言によりその成立を認めることのできる甲第十五号証、当審証人宇佐美六郎の証言により各その成立を認めることのできる甲第五十四号証、第五十五号証(但し一部)によれば、下記の諸事実を認めることができる。

(イ)  急激な社会改革や革命などの場合において、たとえ国民の財産が没収されることがあつても、外国人の財産は補償を受けて収用されることがあつても、没収されることはないとの確立された国際法の原則の存することと、その補償については「十分にして、有効旦即時の補償」がなければならないことは、多くの国の慣行、判例と学者によつて確認せられていること。

(ロ)  第三国の裁判所が外国が形式上適法な手続を経て制定した法律の効力をそのまま認めるべきであるか、又はその有効無効を判断してこれを認めないことができるかについては、従来の各国の判例は積極と消極とに分れていて、まだ外国の法律の効力を無効であると判定し得る国際法上の原則の確立されていないこと。

右諸認定に反する甲第六号証の一、二、第七号証の一、二、第十七、第十八号証、第二十一、第三十五、第三十七、第三十八、第五十四、第五十五、第六十三号証記載の見解は当裁判所の採用し得ないところであり、外に右各認定を動かすことのできるなんの証拠もない。

そうであるから、当裁判所は、原審証人ジヤラール・アブドーの証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十一号証及び第十二号証によれば、上記石油国有化法は国際聯合総会の加盟諸国に対する各国資源の開発に関する勧告の趣旨に従い、イラン国が同国の利益に合するとの見地からして制定したものであることが一応認められ、かつ上記認定のように、右石油国有化法が純然たる外国人の権益の没収法ではなく、補償を支払つて収用するものであるのであるから、その補償が、「十分にして、有効且即時の」補償であるか否かを審理して、その法規の有効、無効を審理し得ないものと解するを相当とする。もつとも、その有効、無効を判定し得ないとの立場をとると、その反射的効果としてその法律を有効と認める結果とはなるが、その規定が公の秩序善良の風俗に反するときは法例第三〇条により適用すべきではないが(本件についてのこの点の判断は後に譲る)、そうでもない限り、上記結果は、独立主権国相互間の主権尊重、友好維持の必要から生ずる国際礼譲の要求するところと条理に合致するのである。もつとも、イラン国は、一九五一年九月八日の日本国との平和条約をまだ批准していないので、正常な外交関係に入つていないことは当裁判所に明なところであるが、早晩正常な外交関係に入ることを考えれば、我国としても右国際礼譲の要求するところと条理に従うを相当とする。従つて右石油国有化法が国際法違反で無効であるとの控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

控訴人はさらに、右石油国有化法は控訴人とイラン国との協約第三一条第三項に違反したものであるから無効であると主張するから、この点につき判断する。上記甲第一号証によれば、右条項にはイラン国は一方的に右協約を破棄し控訴人の協約上の権利を収用することができない旨を規定していることを認めることができ、被控訴人は右条項に違反するについての事由についてなんの主張立証もなさないから、上記認定のように石油国有化法によつて控訴人の右協約上の権利を収用した行為は一応右条項に違反した行為と認むるを相当とする。右協約が上記認定のように単純な私法上の契約であるから、債務不履行の場合に適用さるる法規はイランの国内法規によるのが当事者双方の意思であつたと解するを相当とするところ、イラン国の法律において、債務不履行の場合にいかなる効果が生ずるかについては、必ずしも明でないが、少くとも、石油国有化法の性質から考えても、イラン国は控訴人に対し損害賠償の責に任ずべきだが、石油国有化法そのものが無効となるとはとうてい解し難い。イラン国の法律において損害賠償の原則が、金銭賠償なのか、現物賠償なのかの点も明白ではないが金銭賠償であるなればもちろん、現物賠償なりとしても、賠償を受けるまでは、石油国有化法で収用されたものに対する権利は一応収用されて、その所有権を失つたものと解するを相当とする。従つて、その所有権が失われないことを前提としてのこの点に関する控訴人の主張も亦採用するに由ない。

更に、控訴人はイラン国の石油国有化法の制定施行が、国際法上の不法行為であり、それは現物賠償であるから、控訴人は上記協定による権利を未だ失つていないと主張しているが、当裁判所で、イラン国の石油国有化の制定の適否を判断し得ないこと上段説明のとおりである以上、不法行為であるか否やの判断もすべきでないのであるから、損害賠償の原則などを判断するまでもなく、この点の控訴人の主張も亦採用することができない。

(三)  石油国有化法は、施行当時既に湧出又は採取されていた石油をも対象としたのか。

成立に争のない甲第二十九号証によれば、一九五一年(昭和二十六年)九月二十日現在で、控訴人が上記認定の協約に基いて採掘してイラン国アバダン及びバンダル・マシユールのタンクに在庫していた各種の石油の総数量は合計一、九〇九、六〇〇ロング噸であつたことを認めることができる。上記石油国有化法が右のように既に採掘されていた石油をもその対象としていたかどうかは争のあるところであるが、石油国有化法そのものによつては、既に湯出又は採取された石油そのものが法の対象になつていることは明にし得ない。しかしながら上掲乙第一号証の二(国有化法施行法)の第二条によれば、「政府(イラン国政府の意)は……控訴人の財産を直ちに収用すべきものとする」とあり、又第四条によれば、「石油収入及び石油生産物一切は一九五一年三月二十日現在から、イラン国の否定し得ない財産となり、……」とあるところから推認すると、被控訴人主張のように、その当時既に湧出又は採取されていた石油も石油国有化法の対象となり、イラン国政府に収用されたと解せられないではない。他方、イラン国政府ではその当時既に湧出又は採取されていた石油も石油国有化法の対象となつてイラン国政府に収用したものと解して、そのように取扱つていたことについては控訴人も明に争わないところである。そうだとすれば、石油国有化法の解釈について多少論議の余地はあるにせよ、全然不可能な解釈でない以上、右法律を制定したイラン国政府自身の解釈適用の当否は、上記のように、当事者双方の合意で選んだ仲裁裁判官か、イラン国の裁判所が判断するなれば格別、第三国である当裁判所としては、一応イラン国政府の解釈を尊重するのが、上記のような独立主権国相互間の主権尊重、友好維持の必要から生ずる国際礼譲の立場からして、又条理上も妥当な態度だといわなければならない。そうであるから、上記総計一、九〇九、六〇〇ロング噸の石油もイラン国政府に収用されたものと解する外はない。

(四)  本件の石油が控訴人の所有に属するかどうかの判断。

昭和二十八年五月九日日章丸で横浜に輸送された別紙第一目録記載の石油が、石油事業国有化法施行当時既に採掘されたものであつたか、或はその後に採掘されたものであつたかについては、当事者双方の提出援用にかかる全部の疎明によるもいずれなりとも断定することは困難である。しかしながら、右石油が石油国有化法施行の当時既に湧出又は採取せられたものであるとすれば、上記(三)で説明したように、イラン国政府が石油国有化法で収用したものであるから、それとともに控訴人の権利は喪失したものと解せざるを得ない。又仮に右石油が石油国有化法施行以後に採掘せられたものとすれば、たとえその石油が、もと控訴人の権利に属していた地域から採取され、さらにもと控訴人の権利に属していた工場で精製されたとしても、上記(三)で説明したように、石油国有化法が一応有効であると認めざるを得ない以上、それが控訴人の権利に属するとはとうてい認められないところである。しかして、法例第一〇条によれば、動産及び不動産の所有権の得喪は、その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法によつて定まるものなるところ、以上詳細に説明したように、本件石油に関する権利はその所在地法であるイラン国法において、控訴人はその権利を失つたのである。従つて当裁判所としても、控訴人は本件石油に対する権利を有しないものと解する外ない。

控訴人は、上記石油国有化法の効力を認めること又は控訴人が本件石油に対する権利を喪失したと認定することは法例第三〇条に反することになると主張するけれども、石油国有化法は(二)で説明したようにかんたんに外国人の権利の没収法とは断定し難く、又当裁判所では確立した国際法の原則が認められないために同法の有効、無効を判定し得ざるとの態度をとるに止まり、同法を積極的に有効なりと断定したのではなく、その結果石油国有化法を有効と認めると同定の結果を反射的に認めたことになり、又そのため本件石油に対する控訴人の所有権をも否定した結果ともなつたが、そのこと自体が、我国の公の秩序又は善良の風俗に反するとはとうてい認め難い。そうであるから、この点に関する控訴人の主張も又採用することができない。

第四本件控訴の当否に対する判断。

控訴人が当審において訴を変更して、請求を拡張したが、その部分は、第一で説明したように、請求の基礎を変更した訴の変更であるから、その訴の変更は許されず、拡張の部分は却下すべきである。第一審以来の請求は当審に至つてその一部の請求を減縮したが、その減縮については被控訴人は明に争わないから、取下げられたもので、当裁判所に繋属されていない。その残りの部分のみが当裁判所の判断の対象となつているのであるが、その部分の請求は、控訴人が、日章丸で昭和二十八年五月九日イラン国から横浜に輸送された石油に対し所有権を有することを前提としているものであるところ、第三の(四)で判示したとおり右石油に対しては控訴人の所有権を認めることができないから、その余の争点並びに、仮処分の必要性などを判断するまでもなく、控訴人の本件仮処分の申請は理由がないといわなければならない。そうであるから、控訴人の本件仮処分申請を却下した原判決は、その理由においては異るところはあるが、結果においては正当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

(別紙)

第一物件目録

被控訴人がイラン国から油槽船日章丸で輸送し、昭和二十八年五月九日横浜埠頭に帰着し、神奈川県川崎市水江町五番地所在の被控訴人所有の油槽所に保管の後、同年七月十一日、十二日神戸港に輸送し、神戸市灘区大石南町三丁目地先出光興産株式会社神戸油槽所に保管中の

一、自動車用揮発油(オクタンカ約七十五)五千一百瓩(六、九二九キロリツトル五〇〇)

第二物件目録

被控訴人がイラン国から油槽船日章丸で輸送し、昭和二十八年七月五日横浜埠頭に帰着し、神奈川県川崎市水江町五番地所在の被控訴人所有の油槽所石油タンクに保管中の

一、ガソリン 約一万七千噸

二、軽油   約四千二百噸

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